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セミナー&シンポジウムの記録

2007年IGK秋期セミナーに参加して
辻 英史 (総合文化研究科 地域文化研究専攻・IGK所属)

1. 日独共同大学院(Internationales Graduiertenkolleg=IGK)秋期セミナーは、2007年10月4日から12日まで、9日間にわたってハレ市のマルティン・ルター大学で行われた。このセミナーは、同大学と東京大学の共催による歴史学セミナーとして2003年から開催されていたものであるが、今回両大学合同で共同大学院が設置されたことをうけ、新たにその一環として再発足することになった。
 ハレ市は、ドイツ中部ザクセン=アンハルト州の南部に位置し、古くからその塩鉱により栄えた都市である。マルティン・ルター大学は、啓蒙主義のドイツにおける一大中心として知られたハレ大学と、ルターら宗教改革の牙城であったヴィッテンベルク大学が19世紀に合同して誕生した大学で、現在大学の施設の大半はハレ市にある。また、ハレ市は、バロックの作曲家ヘンデルの出生地であるほか、アウグスト・フランケに代表されるドイツ敬虔主義の中心地の一つとしても知られている。現在の人口は23万人ほどで、ドイツの精神文化の伝統に彩られた落ち着きのある地方都市である。

2. 秋期セミナーは、日独合同大学院の発足記念式典をハイライトに、日独の学生の研究報告によるワークショップと、日独双方の専門家による2回のシンポジウムよりなるプログラムで構成された。
 のべ5日間にわたっておこなわれた学生ワークショップは、日独双方で報告者合計26名を数える大規模なものであった。共同大学院の掲げる「市民社会の形態変容」というプロジェクトのタイトルにふさわしく、日独双方から大変内容の濃い報告が相次ぎ、白熱した議論がしばしば予定時間をはるかに超過して続いた。
 日本側の参加者は、報告原稿を事前に周到に用意していただけでなく、その後の質疑応答においても、全員ができる限り自力でドイツ語を用いて誠実に対応し、その努力はドイツ側にも大きな印象を与えていた。ドイツ側は、プログラム開始後間もないため、研究の初期段階にある者が多かったが、そのプレゼンテーション技術、論文の構成、とくに研究の方法論への配慮などは、日本側学生にとって大いに参考となるものだったろう。
 また、ワークショップ以外の時間には、双方の学生が教員と個別に面談する時間も設けられた。これはIGKプログラムで留学を予定している者にとっては、将来の指導教員と研究計画について打ち合わせる貴重な機会となった。

3. 本セミナーのプログラムのもう一つの中心は、2つの国際シンポジウムである。
 まず、シンポジウム「1945年以降の戦争犯罪、民族殺害、公共性――日本とドイツの観点から」は、日本から三名、ドイツから二名の講演者を招いて開催された。日本側からは、南京事件、七三一部隊といった戦争犯罪が、その後日本社会および外交でいかに問題化されたかという点について、尾山宏、笠原十九司、松村高夫の各氏が、それぞれ啓発的な報告をおこない、さらにこの問題を、ドイツ側の視点からハレ大学のシェルツ氏が包括的に論じた。このように同様の問題について日独双方の分析視角を同時に比較できるという機会は稀であり、興味深いものがあった。また、戦後ドイツにおける問題を、リルタイヒャー氏(リューベック・ヴィリー・ブラント・ハウス館長)が報告した。過去の戦争犯罪とどう向き合うかという問題は、いかなる立場をとるにせよ、一定の政治性を帯びざるを得ず、そこにその国の政治文化が如実に表れてくる。このシンポジウムでは、とくに被害者への補償と記念のあり方について、日独双方の共通面よりはむしろ相違の面が際だたせられていた。
 もう一つのシンポジウムは、IGK全体のテーマである「市民社会の形態変化」を正面から取り上げた。ドイツ側から六名の報告者が、それぞれ日本とドイツをいくつかのトピックについて比較対照し、新しい市民運動の動向、また戦前・戦中の日本の国体と、ナチス期の民族共同体のイデオロギーの比較などを論じた。いずれの報告においても、日独双方の市民社会の歴史および現状の諸相が、その最先端の研究状況とともに詳細に紹介され、またその抱えるさまざまな問題点が議論の中で浮き彫りにされた。こうした個別の研究成果を、単なる並列紹介に留めるのではなく、比較研究として高めていくことが、今後の課題であろう。

4. 由緒あるハレ市の市庁舎大広間において挙行されたIGKの設立記念式典は、本セミナーのクライマックスであった。ネオ・ルネサンス様式の美しい内装を持つ会場では、IGK設立に尽力された日独双方の関係者からのスピーチが相次ぎ、幕間に奏される当地の音楽大学のメンバーによる弦楽三重奏が、華やかな気分を盛り上げた。さらに、ベルリン社会科学研究所のユルゲン・コッカ教授が、ドイツにおける市民概念の歴史的な発展を明快に説明する卓越した記念講演をおこなった。ドイツ市民層研究の第一人者からの、IGKの門出に対する何よりの祝辞であったと言えよう。
以上、本セミナーは、短期間ではあったが質量とも充実した手応えを参加者に残した。