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セミナー&シンポジウムの記録

08'秋季・共同セミナー参加記①:IGKセミナーに参加して
山川 智子 (総合文化研究科 言語情報科学専攻・IGK所属)

2008年10月4日から8日にかけてIGK秋季セミナー、続いて、9日から10日にかけて国際シンポジウムがハレ大学で開催された。2007年秋からスタートした「日独共同大学院プログラム(Internationales Graduiertenkolleg: IGK)」の共同セミナーは、この秋季セミナーで3回目になるが、私が参加するのは、東京で開催された2008年の春季セミナーに次いで2回目である。 
秋季セミナーは前回の春季セミナーとは異なる形式で進められた。春季セミナーは、教員による講義と学生の研究報告という形で進められたが、秋季セミナーは、グループ作業をメインとした3回のワークショップを中心にして進められ、それに関連する講義が盛り込まれた。学生の研究報告も、秋季は日本側参加者からのみで、2本行われた。セミナー最終日は、IGKのテーマに関連した、ハレ市内にあるいくつかの施設を訪問し、担当者からレクチャーを受けた。
ワークショップではまず、自治体での市民活動に関しての日独比較を行った。この比較は、殆どの機能が東京に集中している中央主権的な日本の特徴や、長時間労働のため、市民活動に時間を当てることが難しい現代日本の労働者の実態を浮き彫りにした。次に、国や地域レベルをこえたグローバルなレベルで市民活動をどのように位置付けるかに関して議論し、トランス・ナショナルな市民活動を、現代的な視点と戦前の視点から分析した。さらに、市民の美徳という概念に関連して、「名誉職」などを例に挙げて議論を行った。いずれのワークショップにおいても、少人数のグループで資料の読み込み作業と議論が行われ、最後にセミナー参加者が一同に会し、全体討論が行われた。
「市民社会」という概念は、人文社会科学の様々な研究に何らかの形で関わってくるものであるが、ややもすると概念の意味を深く掘り下げて考えることなく、「市民社会」という用語だけが一人歩きしてしまう傾向にある。こうしたグループ作業は、「市民社会の形態変容」というIGKのテーマが参加者それぞれにどのように関わりあっているかを具体的に確認する機会となったのではないかと思う。

セミナーで行われた講義・ワークショップおよび学生報告は以下の通りである(敬称略)。
【講義:講演者と題目】
Dr. Matthias Freise (ハレ大学) „Subsidarität im Wandel: Public Private Partnership und kommunale Daseinsvorsorge“
Dr. Rainer Sprengel (ハレ大学) „NGOs und Global Governance”
【ワークショップ:主催者とテーマ】 Prof. Dr. Foljanty-Jost / Dr. Sprengel (ハレ大学) „Kommune und Bürgergesellschaft“
Prof. Dr. Wagner(ハレ大学) „Internationales Staatensystem und Bürgergesellschaft“
Ass. Prof. Dr. de Nève / Prof. Dr. Müller (ハレ大学) „Bürgertugend und Bürgergesellschaft“
【学生報告】 金桂顯(東京大学) „Security Sector Reform. Ein System der Stabilitätserreichung in Postkonfliktregionen“
井上周平(東京大学) „Die Kölner Barbierszunft im 15. und 16. Jahrhundert“

IGKセミナーでの使用言語はドイツ語と日本語であるが、ドイツ語を主な使用言語として進められるので、セミナーの趣旨や形式をきちんと把握しておくことは、外国語での討論参加が求められる日本側参加者にとっては重要である。そのため、初日(10月4日)の夜、翌日(5日)から本格的にはじまるセミナーに備えて、日本側参加者を対象に、入念な事前打ち合わせが行われた。この打ち合わせで再確認されたことは、参加者それぞれの専門分野、研究背景が大きく異なっていること、そうした様々なバックグラウンドを持つ参加者たちが「市民社会論」をテーマにチームワークでセミナーを乗り切る、ということなどである。ここで、参加者がお互いに接点を見つけ合い、協力体制を築き上げられるかどうかが成果に大きく関わってくることが全員に認識された。
「研究発表」形式ではない、「グループ作業」形式のセミナーへの参加は、私にとって大きな挑戦であった。「研究発表」は、事前に充分に時間をかけてドイツ語の発表原稿を用意し、必要であれば本番前にリハーサルをすることができる。発表後の質疑応答における議論でも、自分の専門とする分野のことであるので内容的な理解が外国語の理解を助けてくれることもある。
これに比べて、「グループ作業」は、事前に文献が配布され、あらかじめそれに目を通して内容を把握しておく必要がある。また、自分がどのグループに参加するかを表明するのが当日になるため、自分のグループのテーマに関する理解が十分ではない場合などもあり得る。グループ作業に続く全体討論の場では、日本側参加者とドイツ側参加者のそれぞれの代表がグループ作業での議論の要所を、日本語・ドイツ語の両言語で発表し議論する。日本語を理解しないドイツ側参加者のためにも、ドイツ語で内容を伝えることは非常に重要である。
とっさの機転・判断によって解決しなくてはならないことも生ずる「グループ作業」は、困難なことも多い。しかしそれ以上に得るものも多いことをこのセミナー参加で実感した。少人数での作業なので、自分の考えと仲間の意見との相違、自分の不十分な理解による誤解などにも、仲間の前で否が応でも直面せざるを得ない。その場では自分の至らなさを悔やみ、恥ずかしく思うこともあるのだが、そうしたことに気付くことこそが、これからの長い研究生活に向けての大きな収穫であることを、セミナー終了後、時間が経てば経つほど実感している。また、仲間のさり気ないサポートに助けられたことも多々あり、感謝の気持ちでいっぱいである。またグループ作業を契機に、参加者同士で密な交流ができた。この交流もまた将来のさらなる共同作業へとつながるのではないかと考えている。 
セミナーに続いて開催されたシンポジウムでは、”Zivilgesellschaft in Deutschland und Japan: Konzepte und Praxen(Civil Society in Germany and Japan: Concepts and Practices)”というテーマのもと、日独の研究者たちによる講演とパネル・ディスカッション(Civil Society in a Comparative Perspective --- Setting a Frame for German-Japanese Dialog)が行われた。この公開シンポジウムでは日独通訳が行われなかったため、主に英語が用いられて発表と議論が進められた。シンポジウムではまず、ヨーロッパ以外の地域で「市民社会」という概念を論じる意義について議論された。そして、日本とドイツは地理的・歴史的な背景は異なるものの、この二つの社会を比較することは大いに意味あるものと確認された。続いて、「市民社会」という概念の日独比較について、「市民社会」という用語の多義性について、法制度との関連について、日本とドイツの市民社会を国際社会の中でどう位置付けるかに関してなど、非常に幅の広い議論が繰り広げられた。さらに、戦後の市民社会について、ドイツ、日本それぞれの立場からの講演と議論、日独比較が行われた。
講演者と演題は以下の通りである(敬称略)。

Prof. Dr. Chris Hann(マックス・プランク研究所)“Civil Society in Non-European Countries“
山脇直司(東京大学)“”Bürgerliche Gesellschaft”, “Zivilgesellschaft” and “Bürgergesellschaft”: Historical Development and Present in Germany and Japan”
村上俊介(専修大学)“Civil Society through Self-Awareness? In Response to Prof. Dr. N. Yamawaki”
廣渡清吾(東京大学)“Civil Society and the Japanese Legal System”
辻中豊(筑波大学)“Civil Society in an International Perspective”
Prof. Dr. Thomas Olk(ハレ大学) “Reconstruction of Civil Society after 1945: Germany”
石田勇治(東京大学)“Confronting the Past. Germany and Japan after 1945”
長有紀枝(東京大学)“Reconstruction of Civil Society after 1945: Japan”

私は、現代ヨーロッパの市民社会における言語政策・文化政策の役割について調査しているが、この秋季セミナーと国際シンポジウムに参加したことで、IGKのテーマを私の論文のテーマにどのように結びつけられるかについて考察するきっかけを持つことが出来た。今後も考察を深め、ワーキングペーパーの執筆などを通してこの経験を形に残して行きたいと考えている。最後にこの場をお借りして、セミナー・シンポジウムの企画・運営にあたってくださり、私たち学生のためにご尽力くださったIGKのスタッフの方々に心から感謝申し上げたい。